難しいのは構成要素の発見ではなくその程度

2016.02.12 思考・つぶやき
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・戦略や戦術がコモディティー化されていると言われて久しいが、そういう類の話が広く言われている時こそ冷静になって捉え直すのが吉。
・戦略や戦術を構成する大きな『要素』の組み合わせに差が生まれにくい時代であることは子供でもわかる理屈だが、ポイントは、要素の発見ではなく、要素の『程度』にこそ差がでるということだろう。
・それを僕自身がここ最近改めて痛感している。

・当社も9期を迎えるが、これくらいの期間経営をしていると『3年前にやった時全然うまくいかなかったのに、今やるとうまくいっている・・・』みたいなことがちょこちょこ社内で起こっている。
・ここでいう『程度』は、『実行力』みたいなものともまた少し異なり、非常に明文化し難い。
・明文化し難いからこそ、『暗黙知』としてのノウハウになるのかもしれないと思う。
・暗黙知というのはあまり好きではないが、どうしても暗黙知っぽくなる。
・しいて言葉にするならば『誰がやるか』で決まる。という月並みな言葉になる。
・いや、もっと正確にいうならば、明文化しようと思えばできるのだが言葉にすると一気に差がなくなるという感じだろうか。
・一例として最近感じるのは、『技術顧問』という体制一つとっても、どの程度で入り込んでもらうのかによって与える効果は全くの別ものとなる。
・それは戦略・戦術という言葉でも、実行力という言葉でもなく『程度』の問題なのだと思う。

・では、正しい『程度基準』を知るにはどうすれば良いのか?
・僕の頭とこれまでの経験ではこの解を導き出すのは難しい・・・。
・ただ、過去の経験からするに『チャレンジした上での失敗経験』が下敷きにあると効率よく『程度』を知ることができ、正しい実行に移せることが多いことは間違いない。

・Speeeでも、過去の人事制度の失敗や、施策の失敗、組織作りの失敗、プロダクト創りの失敗等々、多様な失敗があるのだが、全力で挑戦した領域は、リトライをするときに『程度』を知ることができるので著しく次の成功確率があがる。
・これは決して『失敗』を美化したり、過大評価するものではなく、あくまでも過去の経験から見た場合の、結果論的な話である。
・個人的には、はじめる前から失敗を美化したチャレンジにおける経験は、次の『程度』作りにおいて著しく価値が低い感覚を持っている。
・必達の心構えでチャレンジした上での失敗にのみ『程度を知る』という果実があるのだと思う。

・何が言いたいのかというと年頭の安倍首相による『挑戦』の24連発に大きく共感をした。という話でした。

 

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株式会社Speee 代表取締役
大塚 英樹

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