大塚個人について①「生い立ち」

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最近、初対面の方にお会いする際、

「話す前の印象と話をしてからの印象がかなり違いますね」

「外見は、かなり気が強そうに見えますよ。
代表コラム写真変えたらどうですか?
今みたいに、笑ってる写真にしたほうが良いですよ」

等々、
何名かの方に立て続けに言って頂くことがありました。

そんなきっかけから、代表コラムなのに、
自分自身のことを一度も書いていなかったということに気づきまして
今回から数回に分けて、私自身について書いていきたいと思います。

以下8つの項目で書いていきます。
主に、採用面接でよく尋ねられる項目を選びました。

①どういう生い立ち?
②起業のきっかけは?
③経営をしていて苦労や後悔はあるか?
④経営をしていて楽しいことは?
⑤尊敬する経営者や企業は?
⑥いまのメインの仕事は?
⑦趣味は?
⑧最近気になってるテーマは?
⑨これから何をしたいのか?

—————————————————-

まず第1回ということで、
「どういう生い立ち?」
について簡単に書かせて頂きます。

■生まれた場所について

埼玉県の吉川市というところで生まれました。
特にこれといって有名なものがない地域です。

ここ数年は、越谷レイクタウンという多少話題になったスポットができたようなので、
『レイクタウンって聞いたことありますか?あのヘンです。』
と説明するようにしています。

■家庭環境について

続いて、家族について。
両親と兄の4人家族です。

父親が経営者の場合、
子供がその影響を受けるというケースは良く聞きますが、
私もご多分に漏れず、
父親が経営者だったことから
大きな影響を受けていたと思います。

具体的に父親から何か言われていたとか、
具体的な何かを教えられた等はあまりないのですが、

自宅には父親が購入した大量の書籍がありました。
ビジネス書、新書、ハードカバー、漫画、雑誌…
種類やテーマは様々でした。

書庫部屋から食卓からトイレの中まで、家のいたるところに
書籍がおいてあるような環境で育ちました。

トイレに備え付けてある棚には、
スラムダンク・課長島耕作・サンクチュアリ・幽遊白書・プレジデント・東洋経済・・・
という感じで、今思うと無茶苦茶な感じで並んでいました。

この時の環境について触れる事は、自分の生い立ちを語る上で、
欠かせない点だと思っています。

■サッカーについて

幼稚園の頃からサッカーを初めて、
高校2年生に入る頃まで続けていました。
サッカーの名門校であることが高校の選定理由でした。
学生の時に、埼玉県選抜(県トレ)に選ばれたことが
私の唯一のミニ自慢です。

最近は、
社内のフットサル部にもたまに参加しています。
Speeeフットサル部は学生時代に北海道選抜や、茨城県選抜だった人もいて、
結構猛者揃いなので楽しいです。

■はじめての携帯電話

中学に入学し、私は部活ではなく、
サッカーのクラブチームに入ることになりました。
(途中で部活に転籍するのですが。)

クラブチームに通う生徒は、
一般生徒の部活が終わってからクラブ活動に行く生活なので、
クラブがある日は、練習が終わるのが21~22時という生活でした。

夜遅い時間に何かあったら大変…ということで、
両親とすぐ連絡がとれるよう、
クラスの友達よりも少し早い、
中学1年生の時から、携帯を持たせてもらっていました。

私の世代は、おそらく中学3年生~高校1年生の時に、
初めて携帯を持つのが平均的だったと思います。

今でも覚えているのですが、
初めて持った携帯はdocomoのSO206でした。
側面をコロコロ回しながら、
メモリに入っている連絡先を探すタイプのものです。

「SOって何?」と誰かに尋ねた時に、
「Sonyの略だ」と教えてもらい、
ウォークマンの会社だと思っていたのに、
携帯電話も作れる会社なんだなぁ。
と子供ながらに、すごいなぁ~と思っていました。

余談なのですが、
同世代(1985年生まれ前後)の方は覚えがあると思いますが、
当時は、メールもショートメールしかなく、絵文字もなければ
当然、スタンプもないので、
コミュニケーション手法の一角として“ワン切り”というものが存在していました。
簡単に言うと「ワンコールして茶々を入れる」という、
今考えるとなんとも意味不明なことをしていました。

ことの発端は、
自分からかけると、通話料が当時とても高かったので、
着歴を残して相手に折り返しをさせるというちょっとしたハックから始まって、
「茶々入れの遊び」に変異していったのかなぁ…と思います。

中学2or3年生の頃、通算3台目の、
mova D211iを持ち始めた時、
はじめてiモードのメールアドレスを
自分の好きな表記で設定することができました。

その際、
私が人生で初めて作ったアドレスは、
global-standard@docomo.ne.jpでした。

このアドレスがどれほどませているかということに
当時は自分でも全く気づいていませんでした。

どんな英単語にしようかと考えていて、

「グローバル・スタンダード」

という単語が一番に出てきました。
冒頭に触れた、自宅においてある雑誌や書籍を、

「将来、僕も経営者になったらこういう事を全部知らないといけないんだなぁ~」

と思いながら、
内容がわからないながらも、頻繁に目を通していたことが影響したのだと思います。

今思い返すと、
ちょうど当時、1990年台後半以降は、
グローバル・スタンダードという言葉が使われはじめ、
2000年あたりには、エンロン問題やワールドコム問題が起き、
「今まで神格化されていた『グローバルスタンダード』は本当に正しいのか?」
という問題提起が各書籍で流行っていたので、
我が家の書籍にもそのキーワードが
至るところに出ていたのではないかと思います。

メールアドレスが変わった事を連絡した親戚のおじさんから、

「これどういう意味?どっかの外国の会社の名前か?」

という返事がかえってきたのが、
すごく記憶に残っています。

人にメールアドレスを教える度に、
自然とこの単語に触れるので、
この時期に、グローバルという言葉を自分にマインドセットさせることが出来たのは、
意図はしていませんでしたが、
結果的には、中々ファインプレーだったなぁと思っています。

以上、非常に簡単ですが大塚の生い立ちを
紹介させていただきました。

次回は、「起業のきっかけ」について書きたいと思います。

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株式会社Speee 代表取締役
大塚 英樹

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